コミュニケーションを通した品川宿の未来|ブックカフェオーナー・佐藤亮太/34歳
江戸・日本橋を起点に京都までをつなぐ東海道五十三次。第一宿の品川宿(しながわしゅく)は、かつて多くの宿が立ち並び全国から人が集まった宿場町だ。その旧東海道に、当時の面影を残す商店街がある。しかし、かつての賑わいはない。商店は減り、代わってマンションが立ち並ぶ。商店街を歩いていると、コーヒーの香りが漂ってきた。近づくにつれ、人々の談笑が聞こえてくる。看板には「KAIDO books&coffee」の文字。引き戸を開けると、カウンターでオーナーの佐藤亮太(34)が、コーヒーを淹れていた。
品川宿で人力車を走らせた
「最初は自分たちで人力車を作って、品川宿で走らせたんですよ」
地元である品川宿を活気づけたい。そんな思いでブックカフェを経営する佐藤のバックグランドは、「プロモーション」だ。そして、彼がこの地で最初に手がけたプロモーションが、人力車だった。
佐藤は高校卒業からしばらくの間、観光ガイドとして、浅草で人力車を引いていた経験がある。有名な観光地ではなく、あえて浅草のローカルな場所について学び、そこへ観光客を案内していた。その土地の魅力は、ローカルな場所にこそ眠っている、との考えがあったからだ。
観光客をガイドするうち、いずれ自分の地元である品川宿をプロモーションしていきたいとの思いが生まれた。必要なのはハードではなく、ソフト。何も新しく建物を作る必要はない。まちを盛り上げる「仕組み」があればよいと考えた。
そんな佐藤は、その後リクルート社に転職。ホットペッパーやR25といった媒体を、主に担当した。職場は、プロモーションとビジネスの双方を学ぶのに、最適な環境だった。制作から始まり、企画からマネジメントまでを担当。充実した時間を過ごしたが、目標を達成すべく、5年ほど勤めた後、独立した。目標とは、もちろん品川宿のプロモーション。浅草での経験を思い出し、人力車を走らせることを思いついた。
人力車はメディアにも取り上げられ、全国から注目を浴びた。それをきっかけに、プロモーション事業を拡大。行政と手を組み、都市計画などの企画立案にも携わるようになった。
変わりゆくまちに新しい文化を
地域のプロモーションを手がける中で、佐藤は次第に限界を感じるようになった。全国的に商店街が衰退する昨今。品川宿も例外ではない。店主の高齢化や後継者の不在、地価の高騰などを要因に、商店街にある昔ながらの店舗が減り、マンションが増えた。人口は増え続けているが、文化やコミュニティーが育っていない。そう痛感した。
プロモーションには自信がある。しかし、そこにコンテンツが存在しなければ、発信のしようがない。品川宿らしいコンテンツが必要だと考え、3年前に立ち上げたのが「KAIDO books&coffee」だった。
かつての品川宿には、全国から人が行き来し、様々な情報や文化が入り込む「カルチャーミックス」が生まれていた。文化がミックスされることで、新しい文化が生まれる。そして、さらに人が集まる。近年のニューヨーク・ブルックリン地区もそうだ。
佐藤は、宿場町時代の品川宿のように、全国から情報が集まる「場所づくり」が必要だと考えた。そこで目につけたのが本だった。
品川宿に昔からある老舗の古書店、「街道文庫」に話を持ちかけた。「街道文庫」が扱う古書には、全国の歴史や文化に関するものが多く、佐藤の考える文脈と一致したからだ。結果、「KAIDO books&coffee」は、単なるブックカフェではなく、コミュニティーとしての場所に昇華した。
客はコミュニケーションを求めている
「良い街とは、もっとここで暮らしたい、もっとここで働きたいと感じられる場所。そのためには、皆が価値観を共有できるコミュニティーが必要だ」
現代社会では、効率化を通して利益を生むビジネスモデルが主流となっている。それは、社会全体がコミュニケーションの総量を削っている。
「でも、そんな社会って幸せなのかなって。誰もがなんとなく思ってるんですよ」
カフェに足を運ぶ客は、コミュニケーションを求めている。それ自体はお金にならなくても、必要不可欠な存在だ。そしてそれは「まち」にも必要だ。
地域の人々が足を運び、外から遊びに来た人間が立ち寄り、各地域の魅力を伝えあって、今度は他の地方へ旅行へ行く。品川宿の歴史も反映した、そんな文化がここで醸成されつつある。
そんな佐藤のイメージするゴールは、実は地域から少し離れたところにあるそうだ。海外と日本を行き来して、日本の文化やプロダクトを現地に紹介する。場所は、米国西海岸か南米がいい。そんなイメージが、頭の中にある。
気がつけば、ブラジルやコロンビアなど、「旅」をテーマにしたイベントを、頻繁に開催するようになっていた。海外にも目を向けた取り組みを進めており、各方面との関係性を構築している。
将棋倒しの最初の駒になる
店内で談笑する客らを見ると、すでにコミュニティーが形作られているように見える。しかし、それはまだ戦略の最初の一手にすぎないのだという。地域全体の盛り上がりのためには、ひとつのコミュニティーだけでは不十分だ。
「将棋倒しの最初の駒になること。それが私のなすべきこと」。佐藤はこう強調する。
自分自身がコンテンツとなることで、面白いことをやっている人間がいると注目が集まる。そして新たな参入者たちが、品川宿で次々にコミュニティーを生むことで、佐藤の思惑は加速する。
「よくコミュニティーを作りはどうしたらいいかとか、まちを元気するにはどうしたら良いのかと尋ねられる。でも、結局やる本人がどれだけ本気かに尽きるんです」
佐藤のもとには、彼のようにコミュニティーを構築したい、まちを活性化したいという人々がよく訪れる。それは彼の本気が広がっているからだろう。
小さなブックカフェを起点に、人や情報が集まり、品川宿というひとつのまちが新しい賑わいを生み出し始めている。
Astray Goods Life ライター。元雑誌記者。地域文化の発信を通し、彼女を探している。