3つの顔を持つ噺家が見つけた“居場所” 中村圭/31歳
米国留学がきっかけで「地域づくり」に目覚める
生まれも育ちも熊本という、生粋の「熊本人」。小中高大と、すべて地元の学校に通った。熊本学園大在学中、米国フロリダ州に留学。語学の習得が目的であったが、興味を持ったのは「地域づくり」だった。もともと、地域活性化に向けた取り組みが盛んな米国。その熱気の中に身を置いた時、改めて熊本の良さに気づいた。
留学を終え日本に帰国。地域活性化の分野を深く学びたいと思った中村は、東北大学に編入、地域経済を専攻した。
卒業後は帰郷し、地元の銀行に就職。地銀の行員であれば、地域に関われると考えた。先行き不透明な社会、経済情勢。地域活性化には、経営やマネジメントの知見も不可欠なはずで、それらを学びたいとの思いもあった。
就職して2年。やりたいことがやれない、もどかしさを感じた。一方で入行当初の熱い思いは、しぼむばかりか膨らむばかりだった。「やりたいことは自分でやろう」。ある時、そんな考えに駆り立てられ、銀行員としての自分を捨てた。経済的な不安はあったが、サラリーマンを辞めようが辞めまいが、何かしらの後悔は残る気がした。「だったら前に進もう」。
行員時代からアイデアを温め、そして実はこっそり経営していた、シェアハウス兼イベントスペース「坪井長屋」(熊本市中央区)も本格的に稼働。「長屋」で開催していたイベントに招いていた落語家との縁もあり、「中村山椒(さんしょう)」の芸名で、落語家としての活動も始めた。
シェアハウス内のイベントスペースで、「日本酒と落語の会」「落語講座」などの落語関連イベントを開催。大学生に社会人、外国人。さまざまな人たちが「長屋」に集まり、笑顔で落語に聞き入る姿を見て、一つの思いが芽生えた。
「地域活性化には人々の交流が不可欠」
中村には、「地域活性化には人々の交流が不可欠」との持論がある。をさまざまな属性の人たちが、同じ空間で一緒に楽しめる、落語。人々が交流するためのツールとして、これ以上のものはない。活動を進めるうち、その思いはより強くなっていった。
イベントが地域に定着し、さらに盛り上がりを見せていた2016年。熊本を地震が襲った。出身地である熊本県西原村に、ボランティアとして通う日々。県内外から多くのボランティアが駆けつけ、被災者のために汗を流す姿に感動した。
被災した家屋内の片付けボランティアに参加したある日、地元の同級生たちと再会した。「地元の自分たちが率先して復興を後押しするべきだよな」。同級生たちが自分と同じ思いを持っていたことに、運命を感じた。復興団体「Noroshi(のろし)西原」が生まれた瞬間だった。
避難所の運営支援やボランティアセンターの立ち上げなど、中村たちは発災直後からさまざまな支援活動を行ってきた。しかし、何を持って西原村の「復興」となるのだろうか。仮設住宅がゼロになったときなのか、人口や経済が回復したときなのか。仲間と話し合っても、その答えはなかなか出せなかった。
ある日、中村はボランティア作業の合間に、村人たちと冗談を言い合っていた。地元の方言でする馬鹿話。村人たちは皆、笑顔だった。その時、気づいた。村人たちに笑顔を取り戻すことこそが「復興」なんだ、と。
そこから生まれたのが、「ガレキと一輪の花プロジェクト」。避難所や仮設住宅に花を植え、村人たちを笑顔にするというものだ。植える場所はどんどん拡大。地震で干上がってしまった田畑や家屋解体後の更地などにも、マリーゴールドやパンジーなど色とりどりの花がお目見えした。
やりたいことを、やる
中村が忘れられない光景がある。熊本地震からしばらくの間、ブルーシートと瓦礫(がれき)ばかりが目立った西原村。当時、子どもたちが遊べる場所も少なかった。思い切り遊べる場を提供し、子どもたちを笑顔にしたい。そんな思いから、プロジェクトの一環として、ヒマワリの「巨大迷路」を作った。
伸び伸びと育ったヒマワリたち。元気いっぱいに咲いた花が、西原村にエールを送っているようで、中村自身も勇気が出た。開放初日。そこには、ヒマワリの中を思い切り走り回る子どもたちの姿があった。そこには、笑顔があふれていた。
今年もまた、西原村にヒマワリが咲く。地元の住民とボランティアが協力し、植えたヒマワリは、約5万本にまで増えた。初めは子どものために作った迷路も、今では県内外から観光客が訪れる「観光スポット」になった。
ここまで中村を突き動かすものは何か。
「自分がやりたいことをやっているだけ。『誰かのために』を優先順位の1位にしてしまうと、他人が喜ばなかったときにがっかりしてしまう。まず自分がやりたいことを追求すれば、結果的に周りの人が喜んでくれると気づいた。西原村が自分の居場所。案外楽しみながらやってるんですよ」
現在、「ドライブインシアター」を計画している。野外の広大なスペースに、大きなスクリーンを設置。車に乗ったまま映画を鑑賞できるという取り組みだ。
雄大な阿蘇の自然を感じながら、映画鑑賞を楽しめる日もそう遠くはないだろう。紆余曲折しながらも、自分の居場所を見つけた中村。今後の挑戦が楽しみだ。
Astray Goods Life ライター。舞浜の「夢の国」をこよなく愛す乙女。仕事終わりにインコと遊ぶことが楽しみ。